マンションと法(第十六歩)
■善管注意義務
管理組合の業務の執行は、管理組合の役員を中心にして行われることになります。具体的には、理事長は管理組合を代表し、その業務を統括しますし、副理事長は、理事長を補佐します。また、その他の理事も、例えば会計担当理事等として、規約等で定められた具体的な職務を担当することが多いのではないかと思います。
これに対し、監事は、理事会から独立した立場で、管理組合の業務の執行及び財産の状況を監査します。
管理組合の役員は、以上のような職責を担うこととなりますが、法的に見ると、管理組合と役員は委任関係にあると解されています。そのため、管理組合の役員は、管理組合に対して、委任の本旨に従って、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務(善管注意義務)を負うことになります。なお、この善管注意義務とは、その者が従事する職業、その社会的・経済的地位などに応じて一般的に要求される注意義務のことをいうと解されており、報酬の有無を問わず、受任者が負う義務です。標準管理規約37条も、この点を明確にしており、「役員は、法令、規約及び使用細則その他細則(以下「使用細則等」という。)並びに総会及び理事会の決議に従い、組合員のため、誠実にその職務を遂行するものとする」と規定しています。
したがって、役員がその職務を遂行するに当たって、故意又は過失によって、善管注意義務に違反した結果、管理組合に損害を与えた場合には、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことになります。
事例判断ではありますが、マンション管理組合の会計担当理事の長年にわたる管理費等の着服横領につき、理事長、会計担当役員の善管注意義務違反による損害賠償が認められた事例(東京地判平成27年3月30日)があります。
紙面の都合上、事実関係を詳細に検討することはできませんが、この裁判例では、元理事長、元会計監査役員及び元副理事長の3名について、それぞれの役員が規約等によって分担していた具体的な義務を認定した上で、当該具体的な義務との関係で、各役員に義務違反行為が認められるか否かが判断されました。
特に、元会計監査役員であった者については、次の判断がなされており、参考になります。すなわち、上記裁判例は、大要、「会計監査役員として、会計担当理事が作成した前年度の収支決算報告書を確認・点検し、会計業務が適正に行われていることを確認すべき義務があったにもかかわらず、会計担当理事から定期総会直前に示された虚偽の収支決算報告書の記載と会計担当理事が偽造した残高証明書の残高等を確認するだけで、本件預金口座の通帳の確認をせず、会計担当理事による横領行為を看過したものであった。そして、銀行発行名義の預金口座の残高証明書については、それが真実銀行発行のものであるならばその内容の信用性が極めて高いものであるが、他方、会計担当理事が元会計監査役員に示した本件預金口座の残高証明書は、会計担当理事が自分のワープロで偽造したというものであって、その体裁等からして真実の銀行発行の預金口座の残高証明書の原本とはかなり異なるものであったことが推認され、このような偽造された残高証明書を安易に信用し、会計担当理事が保管しており、その確認が容易である本件預金口座の預金通帳によって残高を確認しようとしなかった元会計監査役員には、会計監査役員として、本件自治会(注:管理組合)に対する善管注意義務違反があったと認めざるを得ない」と判断をしています。
あくまで本件具体的事例に即した判断ではありますが、役員が管理組合に対して負っている善管注意義務を具体的にイメージしていただくのに参考になろうかと思います。
なお、最終的な判断においては、上記管理組合の種々の事情(管理組合の管理運営に対する組合員の関心は高くなく、大多数の組合員は管理組合の管理運営について役員に任せるままであったこと等)が考慮され、損害の公平な分担の見地から、過失相殺の法理を適用し、その責任が9割減じられています。
昨今は、マンションにおける役員のなり手不足が問題となっていますが、管理組合の役員となった以上、当該役員は、管理組合との関係では善管注意義務を負うこととなり、仮に、役員が上記義務に違反した場合には、その責任を問われる可能性があることには留意すべきといえます。
以上