マンションと法(第二十四歩)
■役員の善管注意義務違反の裁判例
役員に関する問題は前回で終わりにする予定でしたが、最後にどうしてもご紹介をしたい最近の裁判例があるため、役員をテーマにした記事をもう1回、扱うことにしました。
第16歩の記事では、役員の善管注意義務違反を扱いました。今回ご紹介する裁判例(東京高判令和元年11月30日)も、役員の善管注意義務違反に関するものですが、この裁判例では、「管理組合の役員と管理組合の法律関係」について詳細な説明がされていることに加え、たとえ総会決議があったとしても、役員の善管注意義務違反が問題となる場面が存在することを理解する上では、格好の素材であると考え、ご紹介する次第です。
事案の概要は、次のとおりです。昭和56年9月に建築された3階建てマンション(全12戸)において、管理組合の理事長が、自らの住戸の転売価格を維持するために、小規模な雨漏り修繕工事の必要性しかないにもかかわらず、マンション全体の大規模修繕工事の必要性があると説明した上で、総会決議を経て、工事代金を支出したなどの事実関係の下においては、理事長には管理組合に対する善管注意義務違反があるとされた事例です。
この裁判例では、「管理組合の役員と管理組合の法律関係」について、次のような説明がなされています。
「一般に、管理組合の役員と管理組合の法律関係については、役員を受任者とし、管理組合を委任者とする委任契約が成立しているものと解され、受任者(理事長その他の役員)は委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う(民法644条)。本件規約35条1項が「役員は、法令、規約及び使用細則等並びに総会及び理事会の決議に従い、組合員のため、誠実にその職務を遂行するものとする。」と定めるのも、これと同趣旨であると解される。
また、本件規約36条2項によれば理事長は区分所有法に定める管理者であり、管理者の権利義務は委任に関する規定に従う(建物の区分所有等に関する法律28条)とされるから、この点からも、理事長は、管理組合に対して善管注意義務を負う。
理事長は、その職務の遂行に当たり、自己の私的な利益を追求してはならない。私的利益を目的として職務を遂行することは、管理組合に対する善管注意義務違反に当たり、これによって管理組合に生じた損害を賠償する責めに任ずる。当該職務の遂行が総会又は理事会の決議に基づくものであったことは、賠償責任を免れる理由にはならない。私的利益を目的とすることを隠し、総組合員の利益を目的とすることを装って総会又は理事会の決議を得たからといって、善管注意義務の違反があることに変わりはないからである。賠償責任を免れるためには、委任者(管理組合)から責任を免除する旨の意思表示を受けることが必要である。以上のことは、基本的に、株式会社とその取締役との間の関係と同様である。」
上記判示部分で特に注目すべき点は、理事長が、総会決議に基づいて、その権限内の行為を行っていたとしても、理事長の善管注意義務違反の問題は別途問題になり得るという点です。
上記裁判例においても、総会決議を経た上で、大規模修繕工事の工事代金が支出されていますので、この点だけを見ると手続的な問題はありません。しかし、理事長は、管理組合の利益を図るのではなく、自らの利益を図るために工事代金を支出しており、この点が善管注意義務違反に当たると判断されています。
同様の問題意識は、標準管理規約の平成28年改正でも盛り込まれています。具体的には、「役員は、マンションの資産価値の保全に努めなければならず、管理組との利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ることがあってはならない」(コメント第37条の2関係)とされ、役員の利益相反取引を防止するための規定である37条の2が追加され、同様の趣旨から、理事会の決議に特別の利害関係を有する理事はその議決に加わることができない旨を規定する53条3項や、管理組合と理事長との利益が相反する事項については、監事又は当該理事以外の理事が管理組合を代表する旨を規定する38条6項が追加されています。
これらの追加規定は、外部専門家の役員就任を可能とする選択肢を設けたことに対応して設けられたものですが、役員が管理組合に対して負っている善管注意義務を考える上では重要な規定であると考えられます。(弁護士 豊田 秀一)