マンションと法(第四十八歩)

■相続が発生している事案に関する裁判例

今回は、管理費等を滞納している区分所有者がお亡くなりになり、相続が発生している事案(東京地判令和4年2月18日)に関する裁判例を見ていきたいと思います。
この事案は、管理費等を滞納していた区分所有者Dが亡くなり、その相続が発生したため、管理組合は、Dの滞納管理費等のうち「相続発生前」の滞納管理費について、共同相続人3人(被告、E及びF)のうちの1人である被告に対し、その法定相続分である3分の1に相当する額の催告をしたところ、この催告による時効中断の効果が相続債務全体に及ぶか否かが問題となった事案です(正確には、Dの死亡後に発生した滞納管理費等の請求も問題となっていますが、本件争点との関係において「Dの死亡前」に発生した滞納管理費等に限定して扱います。)。

前回の投稿でもご説明をしたとおり、相続発生前に生じた滞納管理費の支払義務は、被相続人の金銭債務に当たりますので、法律上当然に分割され、各共同相続人がその法定相続分に応じてこれを承継することになります(判例)。
そのため、本件事案でも、管理組合は、被告に対し、通知書を発送して、被告が承継することになる3分の1に相当する額の催告をしました。
ところが、管理組合が上記通知書発送後に、家庭裁判所へ照会をした結果、被告以外の他の2名(E及びF)の相続人が、上記通知書発送前に既に相続放棄の申述をしていたことが判明しました。
そうすると、被告は、相続開始当時から被相続人の唯一の相続人となります(E及びFは、相続放棄の申述が受理された結果、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。)ので、被相続人の相続発生前に生じた滞納管理費の支払義務を全て承継することになります。
もっとも、管理組合は、上記通知書発送当時、被告以外の他の相続人2名が相続放棄の申述をして、これが受理されていたことを把握していなかったことから、E及びFが相続放棄をしていないことを前提に、被告が承継することになる3分の1に相当する額の催告しかしていなかったことから、その余の3分の2に相当する額については催告の対象には含まれておらず、消滅時効が完成しているのではないかという点が問題となりました。
この点について、裁判例は、管理組合の催告による時効中断の効果は、相続債権全体に及ぶ旨判示しました。
すなわち、「本件通知書に係る催告のうち、Dが区分所有権を有していた平成16年11月分から平成28年6月分までの管理費等(注:相続発生前の滞納管理費等)については、被告に対して法定相続分である3分の1に相当する額の催告をするにとどまっている。しかしながら、証拠(甲7の1、12)及び弁論の全趣旨によれば、本件通知書は、家庭裁判所への照会を通じてE及びFの相続放棄の申述受理が判明する前に発送されたものと認められ、原告において他の相続人の相続放棄の事実を把握していたとも窺われない(なお、早期に時効中断の措置を執る必要があったことからも、家庭裁判所への照会前に本件通知書を発送したこともやむを得ないといえる。)。また、本件通知書は、「故D氏から相続した(中略)管理費等支払債務の3分の1の金額」という表現がされており(甲7の1)、相続債務であることが明示されていることに照らしても、債権者である原告としては、相続放棄により相続人の変動が生じているのであれば、債務者である被告の負担すべき相続債務全体について権利行使する意思があったと解することが可能である。したがって、本件通知書による催告の時効中断効は、被告が支払義務を負う本件建物の管理費等の相続債務全体に及ぶというべきである。」と判示されています。
この裁判例は、原告である管理組合が通知書によりどのような権利行使をする意思であったといえるのかについて、個別具体的な事実関係を踏まえた事実認定が問題となった事案といえます。ただ、今後、時効完成間近の事案において、管理組合が共同相続人に対して相続発生前の滞納管理費等の督促を行う場合には、例えば、「後日、他の法定相続人が相続放棄をしていた場合には、その変動に応じて貴殿が負担することになる相続債務全体について権利行使をします」等という記載をしておくことで、管理組合の権利行使の対象がより一層明確になるものと思われ、この裁判例のような問題が生じる可能性を減らすことができると考えられます。
もとより、管理費等の滞納が長期化を防止するために、管理組合が適正な管理を行っていれば、消滅時効の完成が問題となることは多くないと思いますので、まずは管理費等の滞納を長期化させないための仕組みを管理組合が構築するのが先決問題だと考えられます。

(弁護士 豊田 秀一)